昭和から時代は平成に替わり、今は令和の時代になりました。
私たちはここまで3代にわたって生きてきたわけですが、どの時代にあっても生活の息吹が感じられますね。
昭和39年の秋10月10日は真っ青な秋空でした。
国立競技場では世界各国から大勢の人たちが、今や遅しと開会式を待ち望んでいます。
そして場内に響き渡るトランペットの響き、東京オリンピック開会式のファンファーレです。
あの時の興奮は今も私の心の奥に残っています。
いよいよ待ち望んでいた東京五輪2020がやってきますね。
この新しい令和の時代になり、初の大きな催しの始まりです。
そこではどんなドラマが待っているでしょうか。
ここからはその東京五輪に向けて、一生懸命頑張っている選手にスポットを当てていきたいと思います。
日本の国技といえる柔道は、今や世界に広く伝わってきました。
しかし日本人の心にある柔道とは、少し違ってきている気がします。
でも現代にあった規則に替わりつつも、基本は変わらないと思います。
ここからは男子柔道の藤原崇太郎の経歴やプロフィール、五輪出場歴や成績などを中心に、最新情報を織り交ぜてお伝えしたいと思います。
最後までお付き合いください。
藤原崇太郎の経歴は?

それではここから藤原崇太郎の経歴をお伝えしていきます。
柔道を始めたきっかけは、6歳の時でした。
お姉さんと一緒に西脇柔道スポーツ少年団で習い始めたのです。
当時はアテネオリンピックが開催され、日本代表で出場していた60kg級の野村忠宏などが大活躍をしましたが、それに影響されたとのことです。
小学6年生の時には全国小学生学年別柔道大会に50kg級で出場しましたが、3回戦で敗退してしまいました。
小野中学校に入ってからは、まっすぐ立って組む柔道を指導され、受けが強くなりました。
さらに返し技にも機敏な柔道のスタイルが確立してきます。
それが功を奏して2年生の時に行われた全国中学校柔道大会の81kg級に出場し、見事に優勝を成し遂げました。
団体戦でも決勝では国士舘中学校を破りこちらも見事に優勝しています。
高校は日体大荏原高校に進みますが、それまでやってきたスタイルでは新しいルールに合わないことが分かり、組手の改善に本格的に取り組みました。
その努力が実り高校でも順調に伸びていきました。
1年生の時には全日本カデで優勝をしました。
アジアカデでは決勝まで進みましたが、ウズベキスタンのムハンマドカリム・フラモフに技ありで敗れ準優勝に終わりました。
全国高校選手権では個人戦で見事に優勝を飾りましたが、団体戦では惜しくも準決勝で大成高校に敗れ、3位に終わっています。
2017年4月から日本体育大学へ進学し、5月に行われたアジア選手権では決勝でイランのサイード・モラエイを浮落の技ありで破り、見事に優勝しています。
2018年2月のグランドスラム・パリでは順調に勝ち進み決勝で韓国のイ・スンスと戦い、内股で破りIJFワールド柔道ツアーの初優勝を飾りました。
素晴らしいことだと思います。
3月にはグランドスラム・エカテリンブルグに出場、決勝で筑波大3年の佐々木健志を小内返で破り、先月のパリに続きグランドスラム大会2連覇を達成しました。
どんな大会でもそうですが2連覇を達成することはそれほどたやすいことではありませんから、素晴らしいことだと思いますね。
2年生の時には4月の体重別決勝で佐々木に技ありで敗れ2位に終わりましたが、世界選手権代表に選ばれています。
その世界選手権では準決勝でドイツのドミニク・レッセルを支釣込足で破り決勝へ進み、決勝ではイランのサイード・モラエイに技ありを先取されましたが、GSに入った直後に再び技ありを取られ2位にとどまってしまいました。
試合後のコメントで「元世界チャンピオン)永瀬選手にはまだまだ追いついていない。世界一の稽古をして来年は絶対に世界一になる」と語ったそうです。
やはり相当悔しかったことと思われますね。
2019年2月のグランドスラム・デュッセルドルフ大会では決勝でロシアのアスラン・ラピナゴフにGSに入ってから反則勝ちを収め、見事に優勝しました。
以上、藤原崇太郎の経歴についてお伝えしました。
東京五輪へ向かってこれからも頑張ってほしいと思います。
藤原崇太郎のプロフィールは?
それでは藤原崇太郎のプロフィールをお伝えしたいと思います。
藤原崇太郎(ふじわら そうたろう)は1998年(平成10年)4月27日生まれで21歳です。
兵庫県西脇市の出身で身長は175cm、血液型はO型、階級は81kg級で段位は二段、左組みで得意技は裏投げです。
現在は日本体育大学に在学中です。
本人からの言葉ですが、これからの試合で勝ち続けるために必要なことは、まずは「勝ちたい」という気持ちを持ち続けることと、最高の状態で試合に出られるようにするため、稽古、調整など準備万端にしておくことが大切とのことです。
東京五輪2020に向かっていくに当たり、あまり先のことは考えず、目の前の試合に集中していくことを心がけているそうです。
その一つ一つが東京五輪につながっていくことを信じて、これからも一歩ずつスsンでいきます、と力強く語ってくれました。
素晴らしい考えの持ち主だと思いましたね。
何とかこれが実現するとうれしいと思っています。
藤原崇太郎の五輪の出場歴、成績は?
それではここからは藤原崇太郎の五輪の出場歴と成績について、見ていきましょう。
まだ若い藤原選手ですので、ここまでオリンピックへの出場はありませんでした。
大きな世界大会では金メダルをいくつか獲得していますので、これからの目標は当然ながら、オリンピックでの金メダル獲得になると思います。
そしていつまでも輝のあるゴールドメダリストとして、これからも大いに実力を発揮して勝ち進んでほしいと強く願っています。
幸い東京開催ですから自国開催のアドバンテージを大いに生かして、さらなる飛躍を期待したいと思います。
いよいよ間近に迫ってきた東京五輪ですが、そこまで行くためには目の前の世界選手権での優勝を目指す必要がありますね。
これからも大いに注目していきたいと思います。
最後に皆さんで大きな声援を送ろうではありませんか。
頑張れニッポン! 金メダルを目指せ 藤原崇太郎!
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