2019年(平成31年)の春場所がいよいよ明日3月10日を初日として15日間大坂体育館で開催されますね。
今場所が平成としての最後の場所になるわけで、感慨深いものがあります。
30年という平成時代はいろいろな事件や大きな災害が発生しましたが、あなたにとってはどんな時代だったでしょうか。
最近は5月からの新しい元号に期待が集まっていますが、どんな元号になるのか今から楽しみですね。
大相撲界では最近の傾向として若い力士たちの活躍ぶりが目立っています。
新進気鋭という言葉がまさにピッタリくるようで、今場所はどのような若い力士が活躍をするか楽しみです。
そんな中、ベテラン力士も負けてはいられないとの思いで稽古に励んでいます。
そのベテラン力士で今年の初場所で見事に初優勝を成し遂げた「玉鷲一朗」関についてここからプライベートを中心に見ていきましょう。
玉鷲関の姉の名前と年齢は?
モンゴル出身で稽古熱心で有名な玉鷲関ですが、初めて日本に来た頃のエピソードが一時話題になりました。
日本に早くから住んでいたというお姉さんがいますが、その姉を頼りに来日をした玉鷲関ですが、最初から相撲界を目指してはいなかったとのことですね。
元はといえば日本でホテルマンとして働きたいと来日しましたが、すでに日本に留学をしていたのがお姉さんです。
そのお姉さんは名前が「ムンフゾロ」さんということです。
年齢ですが玉鷲関より1歳年上だそうですから、1983年生まれということですから、今年で35歳ということになります。

玉鷲関の姉の学歴がすごい?
モンゴル国民というのはとても教育熱心だそうで、外国への留学も盛んにおこなわれているようです。
玉鷲関のお姉さんもその一人で、東京大学へ入学を果たしましたが、大学院に留学をされていたとのことですから相当頭脳明晰ということですね。
なかなか入ることが難しい東大ですので、いかに頭がいいかが分かる気がします。
その東大を2007年に卒業された後、ムンフゾロさんは国立モンゴル大学と日本大学の間で開催された「地球温暖化共同研究プロジェクト」に従事していたこともあるとのことです。
今地球全体がオゾンの破壊で温暖化が進んで、北極や南極の氷が解けていき、地球の南にある島国が水没してしまうという事態が続いているようで心配ですね。
それを何とかして食い止めるべく、必死になって世界中の学者などが研究を重ねています。
その一員として活躍をされているお姉さんですから、頼もしいというしかありません。
玉鷲関にはほかに兄弟はいるの?
それではこの素晴らしい才能の持主であるお姉さん以外に兄弟はいるのか調べてみました。
しかしそのような情報はありませんでしたので他に兄弟はいないと思われます。
そんな頼りがいのある姉を訪ねて三千里?という玉鷲関ですが、自分自身も体力には自信があって何か日本でスポーツ関連の仕事を探していたようですね。
そしていつの日か足が大相撲に向いていったというわけです。
両国国技館へ訪れた玉鷲は同じモンゴル出身の鶴竜関と出会いました。
まさに電撃的な出会いですね。
元旭鷲山さんあてに連絡を取って、いろいろな部屋を訪れましたが、最終的には「片男波部屋」に入門をしています。
当時は19歳という若さでの入門だったそうです。
そこから先は皆さんご存知の通り、年を追うごとに強くなっていきました。
そしてついに今年初場所の西関脇という位置での13勝2敗で初優勝へとつながってきたわけですが、途中では番付が下がったときもあったそうです。
しかし体がもともと丈夫であり、大きなけがや病気もなく、連続出場を果たしていることはまさに立派としか言えませんね。
今場所も先場所同様に大活躍を期待しているファンも大勢いると思います。
今は三役ということですから、以前の平幕時代のように金星や銀星はないので、NHKテレビの勝者インタビューはなくなりましたが、あのインタビュー時の優しい笑顔が見られなくなるのは寂しい気もします。
でもまた今場所も優勝をして優勝力士インタビューをぜひ見たいと思っています。
関脇玉鷲関の大活躍をぜひ期待し、できれば大関昇進をぜひ獲得してほしいと強く念願しています。
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