若元春の経歴、成績は?兄弟も力士?四股名の由来は?




 

大相撲も初場所が終わりましたが、すでにご存知の通り前頭筆頭の玉鷲関が13勝2敗という好成績を残して初優勝しましたね。
 

 

人気も抜群のモンゴル出身力士で、NHKテレビの大相撲中継では、大関や横綱を倒した際に行われる、勝利力士インタビューでも顔なじみの関取で、その笑顔と話しぶりには多くのファンを引き付けていました。
 

 

おそらく来場所3月大阪では三役に返り咲くことは決定的ですから、これからも活躍が楽しみですね。
 

 

ここからはその大相撲にあって最近めきめきと頭角を現している若手力士を取り上げていきたいと思います。
 

 

 

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若元春の経歴と成績は?

 

この若元春という力士ですが実は相撲ファンである私も誰だかわかっていませんでした。
 

 

そこでどんな力士なのか、その経歴と共に今までの成績を見ていきたいと思います。
 

 

若元春 港(わかもとはる みなと)関は本名が大波 港(おおなみ みなと)という力士です。
 

 

大波 港という苗字と名前ですので、特徴があってすぐに覚えてしまう感じですね。
 

 

1993年(平成5年)10月5日生まれで25歳、福島県福島市出身で、現在は時津風一門の元小結の荒汐親方が率いる「荒汐部屋」に所属しています。
 

 

身長は185cmで体重は131kgでここまでの最高位は2019年1月場所現在で西幕下3枚目です。
 

 

そして3月に行われる大阪場所では新十両に昇進が決まっていますので、晴れてうれしい関取になるわけです。
 

 

どんな経歴なのか見ていきますと、おじいさんは元小結の若葉山貞雄さんです。
 

 

1940年代から50年代にかけて活躍した力士だそうですが、私もまだ生まれる前ですので当然知らない力士ですね。
 

 

しかもお父さんも元幕下で「若信夫」という立田川部屋出身で最高位は西幕下51枚目ということで、まさしく力士一家に生まれたことになります。
 

 

これは最近では珍しい一家といえるのではないでしょうか。
 

 

 

そもそものきっかけはおじいさんにあこがれて相撲を始めたそうで、高校は野球でもおなじみの「学法福島高校」在校中に3年連続でインターハイ個人戦で出場、3年時には東北大会で準優勝という結果を残しています。
 

福島県と言いますと、あの東日本大震災で大きな被害が出た地域の一つですが、それまで知己を得ていた荒汐部屋で1か月間避難生活を送りましたが、その恩に報いる意味もあり、2011年の11月場所で高校卒業前に同部屋で初土俵を踏みました。
 

その時のしこ名は「荒大波(あらおおなみ)」でしたが翌年の1月場所ではしこ名を「剛士(ごうし)」と改めました。
 

その後しばらくそのしこ名で相撲を取っていましたが、2017年5月場所からは現在も使っているしこ名の「若元春(わかもとはる)」に再度改名しています。
 

戦国武将にあやかったしこ名だそうで気に入っているしこ名だそうですから、これからはずっとこのしこ名で通すのではないでしょうか。
 

それではここまでの若元春関の成績について見ていきたいと思います。
 

通算成績ですが、44場所で170勝121敗10休で勝率は0.564ということになります。
 

優勝は幕下で2回(2013年7月場所と2019年1月場所)、序の口でも1回(2012年1月場所)と計3回優勝しています。
 
 

 

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若元春の兄弟も力士?

若元春 港関は3人兄弟ですが、お兄さんも同じ部屋の現役力士で、しこ名が「若隆元」関で、弟さんも同じく「若隆景」関ということです。
 

3力士ともしこ名の頭に「若」という字が使われていますね。
 

大相撲一家で3兄弟が現役

おじいさんとお父さん、そして3兄弟いずれもこの「若○○」というしこ名がついていることになるわけですが、これもとても珍しいことだと思います。
 

この若○○といいますと、私の年代では昭和時代で大活躍をした元横綱の初代「若乃花」関を思い出しますね。
 

栃錦と初代若乃花の両横綱がともに大横綱として共に同時代を築き上げ、私も当時は小学生でしたが、いまでも両横綱の戦う姿が目に浮かびます。
 

その初代若乃花の系統である若というしこ名ですから、何か縁があることだろうと思いましたが、実際はおじいさんの若葉山とお父さんの若信夫から「若」というしこ名を付けたということです。
 

若元春の四股名の由来は?

そこで改めて「若元春」というしこ名についての由来を見ていきたいと思います。
 

戦国武将の一人である毛利元就の二男で「吉川元春」という武将の名前から取っているとのことです。
 

しこ名は戦国武将の由来?

歴史に詳しい人でしたら「三子教訓状」という言葉をご存知だと思いますが、これは中国地方の戦国大名である「毛利元就」が3人の子供「毛利隆元」「吉川元春」「小早川隆景」に書いた文書で有名だそうです。
 
 

 
 

3人の兄弟力士が、それぞれこの毛利家の子供の名前にちなんで、しこ名を付けたところを見ますと、相当この毛利家に対して愛着があることと感じています。
 

大阪で開催される3月場所ではこの三武将の名前を付けられた3兄弟のそれぞれの地位に於いての活躍ぶりに期待したいと思います。
 

ガンバレ若元春! 負けるな若隆元! 頑張れ若隆景!
 
 

 

 



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