外薗 潤平の経歴、プロフィールは?五輪の出場歴、成績は?【セーリング】




東京オリンピック、パラリンピックの延期が決まって2021年の夏ごろに開催されることになりました。

現在は各競技で日本代表出場選手の選考が行われ、内定した選手が決まりつつあります。

しかし競技によっては、いまだに予選などが行えないものもあり、来年の実施に間に合うのか不安なところです。

それというのも新型コロナウイルスによる肺炎が世界中に拡大しており、なかなか競技ができず延期になっている状況です。

多くの人たちが密接をしたりすることで、感染が広まることを懸念しての判断です。

このままでいけばおそらく来年まで新型コロナの終息は、無理ではないかとの声も上がっています。

何とか一刻も早く終息して欲しいという所です。

そんな状況ではありますが、すでに日本代表選手の内定が決まっている競技もあります。

ここからはセーリングで出場が内定された、外薗 潤平選手について、どんな選手なのか、経歴やプロフィールなどを中心に見ていきたいと思います。

どうぞ最後までご覧ください。

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外薗 潤平の経歴、プロフィールは?

それでは早速ですが、外薗 潤平の経歴、プロフィールを見ていきましょう。

外薗 潤平(ほかぞの じゅんぺい)は、1991年(平成3年)3月20日生まれで29歳です。

鹿児島県日置市の出身で、身長は174cm、体重は73kg、血液型はO型、日本の男子セーリング選手です。

出場予定種目は、470級です。

最終学歴は日本経済大学卒で、現在はJR九州に所属をしています。

家族構成ですが、両親とお兄さんとの4人家族です。

スポーツが大好きな外園選手ですが、中学では陸上をしていました。

高校はスポーツが盛んで特に野球やバレーでも名前が知れている鹿児島商業高校に進学しました。

入学した当時、部活動を紹介している映像を見て、「これしかない」と感じてヨット部に入部したそうです。

入部した当時の部員は10人、しかし全員が初心者でした。

専門の指導者もいないし、部室すら存在していませんでした。

当時顧問をされていた山下太陽教諭は「バレーや野球が伝統のある学校でしたので、”ヨットなんかやってるの?”という感じで、かたみがせまかったですね」と苦笑いで当時を振り返っていました。

気が付いた時2年生は部活動に来なくなり、3年生が引退すると部員はチームメートと二人だけになってしまいました。

平日は主にランニングや教室での筋トレ、土日はおよそ20km離れた所にある鹿児島市の平川ヨットハーバーから錦江湾に出ました。

相方が風邪で休んだ時も、一人で練習していたそうです。

その平川では他のクラブのコーチやOBの人からも、積極的にヨット技術を教わりました。

動画による動作分析や戦術の研究は、海に出ない時間帯を活用しました。

ムードメーカーであり人当たりが良くて、一生懸命押しえたくなる子だったという外園選手は、OBが指導する九州各県での合宿にも招かれたということです。

福岡や唐津の海でも学んで、高校3年の時には同校では5年ぶりとなる全国総合体育大会への出場を果たしています。

高校を卒業後は強豪の日本経大に進学、ヨット技術を磨きます。

そして卒業後はJR九州に入社、ナショナルチームへ入るまでの2年間は、車掌の業務などによりあまり練習できませんでした。

合間には軽い運動をして体力の維持に努めました。

海に出るのは月に一度くらいでした。

それでも外園選手は当時を振り返り「ストレスというものはなかった」と語っています。

あまり苦労を苦労と思わない性格で、明るく何でも続けられる性格でした。

2017年、それまで九州のヨットハーバーでお互いにすれ違っていた岡田選手と、再び出会った外園は、江の島の全日本選手権でコーチに紹介され、同じ船に乗り合わせました。

それ以来、岡田と外園のペアによるレースが展開されます。

練習で江の島を訪れる海外選手も増えてきましたが、何と言っても江の島という場所は、日本勢にとってはホームという大きなアドバンテージがあります。

その中にあって岡田・外園ペアは強風でのレースとスピードという課題に取り組んでいます。

「ネットワークを広げて強豪選手の性格や戦い方を学んでいかなければならない」と、岡田選手は語ります。

外園は「競争が激しい470級で負けていった人たちのためにも、メダルは絶対取る」との強い思いを語っています。

ここでセーリングの470(ヨンナナマル)級レースについて、詳しく見ていきましょう。

風邪から生まれる揚力で海面を滑走してコースを周回します。

着順を点数に置き換えて競うもので、470級は、全長が470センチの二人乗りのヨットを使いますが、適正体重は合計で130kg前後だそうです。

どちらかといえば小柄な日本人に適した競技で、五輪では過去2度のメダルを獲得しています。

1996年のアトランタ五輪で女子の、重由美子と木下アリーシアペアで10レースまで2位に入り、最終11レースは1位のスペインを逆転するため、他の艇とは離れたコースを選びましたが、それが裏目に出てしまい7位に後退しました。

ここで「世界一のスキッパー」と呼ばれていた重選手が、優勝を狙わず銀メダル狙いに作戦を変えましたので、結局最終的には7位を守って、総合で2位に入りの本のヨット界では史上初となる銀メダルを獲得しました。

2004年のアテネ五輪では男子の、関一人と轟賢二郎ペアは、最終レースまで4位に入りましたが、体力的に劣る日本勢は「追い風」となる8メートル以下の微風という好条件も後押し、逆転で3位に食い込み。日本男子では初の銅メダルを獲得しています。

岡田選手は「スキッパー」、外園選手は「クルー」を務めています。

スキッパーというのはメインセールと舵取りで、風や波の変化を読み取って最適なコースを判断します。

一方クルーはジブセールを操って身を乗り出して船のバランスを取ります。

東京五輪では二人とも初出場となりますが、ぜひ頑張ってメダルを獲得して欲しいと思っています。

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外薗 潤平の五輪の出場歴、成績は?

それではここからは、外薗 潤平の五輪の出場歴、成績を見ていきましょう。

ここまで外園選手は五輪への出場はありませんでした。

主な大会では以下のような成績を挙げています。

・2011年 ユニバーシアード 470級 銅メダル

・2013年 全日本インカレ 470級 優勝

・2018年 W杯江の島大会 優勝

・2019年 W杯 マイアミ大会 銀メダル

以上のように素晴らしい成績を挙げています。

『遅咲きの苦労人』と言われている外園選手ですが、JR九州では車掌さんとして活躍をされているとのことですね。

ぜひ一度はこのJR九州で外園さんの車掌で電車に乗ってみたいものです。

どんな車内放送をされるのか、楽しみなところですね。

外園選手は五輪への出場が決まった際、このように語っています。

「このチームで出て良かったと思われる成績を残したいです」と熱く語っています。

指導する2004年アテネ五輪で銅メダルを獲得した関一人コーチは「決して夢物語ではありません」と期待を込めて話していました。

東京五輪はすでにお伝えした通り、開催が1年後の2021年夏に延期されました。

唯一心配な点は、新型コロナウイルスによる感染が収まっているかどうかに掛かってきます。

ギリギリではあっても、何とかその時までには終息をしていて欲しいと願っています。

その暁には世界中から多くのアスリートたちと、多くのスポーツファンの人たちを、心の底からお出迎えをして、笑顔いっぱいで開会式を迎えたいと思っています。

セーリングの競技も江の島で真っ青に晴れ上がった天気で、青い海のすがすがしさを皆さんで楽しみ、レースに臨む選手たちを応援したいですね。

その祈りが通じるように、今は一日でも早く新型コロナが収まってくれることを望んでいます。

そして日本代表選手には、ぜひ好成績を残してくれるように、みんなで大きな声で声援を送ろうではありませんか。

その力強い応援が、日本艇の背中を押す力となることを確信しています。

頑張れニッポン! 金メダルを目指して粘り強く、最後までガンバレ、外薗 潤平!



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