堀越正巳の経歴、プロフィールは?身長と年収は?弟や息子はいるの?【ラグビー】




日本代表桜ジャパンの快進撃で悲願のベストエイト入りを達成した、ラグビーワールドカップ2019日本大会は、残すところ最後の決勝戦のみとなりましたね。

決勝に残ったのは世界ランキング1位と2位のチームで南アフリカとイングランドです。

11月2日(土曜日)18:00から横浜国際総合競技場で決勝戦が行われ、すべての日程が終了します。

これに呼応するように、連日、テレビの各報道番組では、日本代表の選手たちがゲスト出演して、厳しい練習の様子や本大会での戦いぶりを述べていました。

先日も背番号1、PR(プロップ)の稲垣啓太選手、背番号2、HO(フッカー)の堀江翔太選手、背番号3、PR(プロップ)の具 智元選手が出演し、さらに後からは長谷川 慎スクラムコーチも参加し、スクラムを中心に話が盛り上がっていましたね。

3人の力を後ろの4人が後押しをすることで、前に圧力をかけることができること。

具選手が相手から狙われていることを知り、堀江選手と稲垣選手が肩をピッタリ寄せながら、相手からの圧力を防いでいたことなど、聞いていてとても分かりやすい説明でした。

それを見ていて私も思わず涙ぐんでしまうこともありました。

大きな感動をくれた選手たちの活躍ぶりは、これからもきっと国民の記憶に残るものと思います。

ここからは元日本代表選手で、現在ひるおびなどでラグビーコメンテーターとして活躍中の、堀越正巳に的を絞って、その経歴やプロフィール、さらにはプライベートに関することなども織り込んで、お伝えしたいと思います。

最後までお付き合いください。

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堀越正巳の経歴は?

中学時代まで野球に熱中しプロ野球を目指していましたが、身長が低いことを理由に断念したそうです。

先輩から勧められ埼玉県下のラグビー強豪校の熊谷工業高校に進学しました。

1年生の時にSH(スクラムハーフ)を務め、全国高校大会では控え選手でしたがベスト4に入りました。

2年生の時には埼玉県選抜に選ばれ国民体育大会で初優勝、さらに全国高校大会ではベスト4に入っています。

3年生の時には高校日本代表に選ばれ、ニュージーランド遠征にも参加しています。

全国高校大会では、見事に準優勝を成し遂げています。

1987年(昭和62年)に早稲田大学に進学しました。

ラグビー蹴球部に入部し、9月20日に行われたアイルランド学生代表戦からレギュラーを務めました。

そして1987年(昭和62年)と1989年(平成元年)の大学選手権で共に優勝に貢献しています。

1987年には日本選手権でも見事に優勝に貢献しました。

大学生時代には「モグ」の愛称で呼ばれていたそうです。

その意味は忍者のような神出鬼没で俊敏な動きと鮮やかなパスワークなどで、相手ディフェンス陣の穴を突く巧みさをいいますが、これは同郷の先輩である宿沢広朗の再来とされたほどだそうです。

4年生の時には主将を務め、明治大学ラグビー部との間で、好勝負を繰り広げました。

1991年(平成3年)に大学を卒業後、神戸製鋼に入社、ラグビー部に入部しています。

神戸製鋼時代には日本選手権7連覇達成の内、4連覇以降に貢献しています。

さらに主将も務めました。

大学2年生の時から日本代表に選ばれ、通算26キャップを達成しました。

2000年(平成12年)に行われた全早慶明対抗試合の全慶大戦に、全早大選手として出場、これが引退試合となりました。

1998年(平成10年)のシーズンをもって神戸製鋼を退社、1999年(平成11年)4月、故郷の埼玉県熊谷市の立正大学ラグビー部監督に就任しました。

2014年(平成26年)、7人制ラグビーのクラブチームである、「ARUKAS KUMAGAYA」が設立されたことに伴い、同チーム理事及びゼネラルマネージャーに就任しています。

女子ラグビー選手の強化育成、指導者育成、地域への普及の他、オリンピックでの普及を目指して活動をしています。

以上、ここまで堀越正巳の経歴をお伝えしました。

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堀越正巳のプロフィールは?

堀越 正巳(ほりこし まさみ)は、1968年(昭和43年)11月27日生まれで50歳です。

埼玉県熊谷市の出身で、身長は160cm、体重は65kgと小柄ではありますが、俊敏性やそのスピードは誰でも認めるところとなっています。

現役時代のポジションは、SH(スクラムハーフ)でした。

このSH(スクラムハーフ)ですが、ハーフというのは半分を意味しますね。

ラグビーは15のポジションで、ゴールラインに沿って横に区切ると、8列になり背番号9と10は、その4列目で1/2の所に位置するから「ハーフ」で、背番号9はスクラムの側でプレーすることが多いため、「スクラムハーフ」と呼ばれています。

近年、FWはもちろん、BKも大型化する世界のラグビー界ですが、それでも普通の大人よりも、小さい選手が活躍できるポジションといえます。

ではなぜSHは小さい選手がいいのでしょうか。

その理由は小さい方が有利な点があるからです。

SHの主な仕事は、スクラムや密集から出たボールを拾って、素早くパスをするには、身長が低い選手の方が地面に近い分だけ有利になります。

体が大きなSHは、この動作である「ボールを拾って投げる」というプレーで、小さなSHよりコンマ何秒か、余計な時間がかかってしまいますね。

密集からの球出しは、基本的には早ければ早いほどいいわけです。

球出しに時間がかかるほど、相手ディフェンスラインが整ってしまうからです。

最後の最後、味方のウイングが相手のタックルを振り切れるかどうかは、球出しにかかったコンマ何秒かの違いで決まることもあるからです。

俊敏性と素早く密集に駆け付ける走力が求められます。

基本的にSHは、すべての密集に駆け付けてボールに触りますから、1試合で60回はあると言いますので、その運動量もチームで1,2を争います。

また、密集から出たボールを捌く際に、FWにボールを渡してサイド攻撃をさせるか、SO(スタンドオフ)にパスを出してオープンに回すか、またはSOにパスすると見せかけて自分が密集の脇をすり抜けるか、サインプレーを除けばSHの瞬時の判断によって左右されます。

さらにSHには大男に向かっていくだけの気の強さも必要です。

時には大男に吹き飛ばされそうになっても、果敢に足元に食らいつき、大男を地面に這わせることもありますね。

堀越 正巳選手は、相手がロングキックを蹴ってきたとき、必ずといっていいほど、落下地点の近くにいたわけで、これはゲームに対する読みと運動量が抜群に秀でていたことを証明していました。

長い間神戸製鋼でSHとして活躍してきた堀越選手は、これらの要素を確実に持って実践してきたからこそ、その成果を発揮することができたと思います。

実に素晴らしい選手だったと思っています。

私事で恐縮ですが、自分も埼玉県熊谷市に住んでいますので、これも何かの縁だと思っていますので、これからも堀越正巳さんを応援したいと思います。

以上、ここまで堀越正巳のプロフィールをお伝えしました。

堀越正巳の身長と年収は?

それでは堀越正巳の身長と年収について見ていきましょう。

身長は160cmとかなり小柄ではありますが、先ほどお伝えした通りSHには最も適した背の高さだと思います。

気になる年収ですがどれくらいあるのでしょうか?

色々調べてみましたが、さすがにこれははっきりわかりませんでした。

最近はひるおびなどで月曜日にはコメンテーターとして出る機会も多いようですので、そこそこの報酬を得ているのではないかと思います。

そして立正大のラグビー監督と、7人制ラグビーのゼネラルマネージャーの仕事にも携わっていますので、ゆとりのある生活を送っているのではないかと思います。

堀越正巳に弟や息子はいるの?

堀越正巳さんには息子さんがいるとのことです。

名前は堀越友太さんで、早稲田大学でラグビー部に所属をしているとのことです。

高校は早稲田実業高校で早稲田大学では社会科学部で、ラグビーのポジションは、父親と同じSH(スクラムハーフ)だそうです。

自分のアピールポイントはタックルだそうで、お父さんを尊敬しているとのことです。

尚、弟さんについては調べてみましたが分かりませんでした。

いよいよラグビーワールドカップ日本大会も、3位決定戦及び決勝戦を残すだけとなりました。

あの熱狂的ともいえる大声援がもうこれからは聞こえなくなると思うと、寂しい気もしますが、あと4年後にはまたあの興奮がやってきますね。

これからも日本代表桜ジャパンの挑戦は続きます。

ぜひ頑張って次回のワールドカップでも大いに盛り上げてできればベスト4に上がってほしいと思います。

そして堀越正巳さんの楽しいラグビーのお話を、これからも大いに期待したいと思います。

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