原沢久喜の経歴、プロフィールは?五輪の出場歴、成績は?【柔道】




東京五輪大会本番まで1年を切りましたが、今は各競技で出場者を決めるために選手権大会などが開催されていますね。

いよいよ間近に迫ってきた感じがします。

日本にとってはお家芸ともいわれている柔道ですが、現在世界選手権大会が行われ、連日熱戦が繰り広げられています。

果たして日本代表には誰が選ばれることになるのか、注目されています。

そんな中にあって五輪出場を目標として頑張っている、日本の選手を取り上げていきたいと思います。

原沢久喜選手について、経歴やプロフィール、五輪出場歴や成績などを最新情報を取り混ぜてお伝えします。

最後までご覧頂きたいと思います。

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原沢久喜の経歴は?

それでは原沢久喜の経歴について見ていきましょう。

柔道を始めたのは6歳の時、大西道場へ通い始めました。

中学校は下関市立日新中学校で、その後早鞆高校へ進学しています。

当初は身長は177cm、体重は66kg級ということであまり大きな体格ではありませんでした。

しかしその後だんだん成長を重ね、高校3年の時には身長は190cmを超え、階級も100kg超級まで上がるほどでした。

2015年にはユニバーシアード中国広州大会に100kg超級で出場し、見事に金メダルを獲得しました。

インターハイでは100kg超級で準決勝で東海大相模高校の王子谷剛志に上四方固で敗れましたが、3位に入っています。

全日本ジュニアでは、決勝戦でまたも王子谷に開始早々、大外落で敗れてしまい2位に終わりました。

高校を卒業したら柔道を辞めるつもりでしたが、成績を残し始めたことから楽しくなり、継続することに決めたそうです。

2011年には日本大学へ進学しました。

2年の時学生優勝大会決勝で東海大と対戦、先鋒で出場し一本勝ちを収めました。

チームは3-0で大きくリードしたのですが、その後3連敗で並ばれ、自ら出場します。

しかしここでまたしても王子谷と戦いましたが、内股返で有効を取られ、三度敗れてしまいチームも2位に留まってしまいました。

なかなか王子谷選手には勝てなかったようですね。

11月に行われた講道館杯では決勝で旭化成の百瀬優を2-1の判定で破り、シニアの全国大会初優勝を飾ることができました。

素晴らしいことだと思います。

2013年3月の全日本選手権東京予選では、見事に優勝しました。

3年の時には4月の全日本選手権準々決勝で警視庁の棟田康行を、指導3で破り、準決勝では旭化成の垣田恭兵に内股すかし技ありで先取されましたが、終盤内股で逆転勝利を収めています。

決勝では天理大職員の穴井隆将に指導2を取られ、指導1つの差で惜しくも初出場初優勝を逃しました。

11月の講道館杯では3位決定戦において、ここまで一度も勝てなかった王子谷との一戦で、指導1で破り3位に入りました。

4年の時、グランプリ・青島ではオール一本勝ちを収め、IFJワールド柔道ツアー初優勝の栄冠を勝ち取りました。

2015年の2月、ヨーロッパオープン・ローマでは、見事に優勝しました。

3月の東京都選手権では決勝で高橋を内股で破り、2年ぶり2度目の優勝を飾っています。

4月には社会人となり、JRAの労務厚生課所属となりました。

体重別では準決勝で王子谷に有効で敗れましたが、続く全日本選手権ではそのライバルである王子谷を指導3で破り、決勝では七戸を有効で破り、今大会初優勝を成し遂げています。

7月のグランドスラム・チュメニでは決勝で、地元ロシア選手を内股で一本勝ちするなどで見事に優勝しました。

10月のグランドスラム・パリでは準々決勝で王子谷を指導2で破るなどで決勝に進み、ブラジルのダビド・モウラを内股で破り、見事に優勝しています。

12月のグランドスラム・東京では準決勝まで順当に勝ち進み、決勝では七戸と対戦し、GSに入って反則勝ちを収め、優勝しました。

この結果、国際大会6連勝となりましたが、素晴らしいことだと思います。

これ見て井上康生監督は「直接勝って並んだ。ここからが彼らの戦いになる」とのコメントを発表しました。

2016年2月、グランドスラム・パリでは決勝でイスラエルのオル・サッソンを指導3で破り、今大会2連覇と国際大会7連勝を達成しました。

4月の選抜体重別では準決勝で上川を隅落で破り、決勝でも七戸を内股有効で破り、今大会初優勝を成し遂げました。

これらが評価され2016年のリオデジャネイロ五輪代表が有力となりました。

そのリオデジャネイロ五輪本大会では、決勝まで進みましたがリネール相手に惜しくも敗れ、銀メダルにとどまりました。

2017年2月のグランプリ・デュッセルドルフでは準決勝まですべて一本勝ちで勝利しましたが、決勝で東海大の影浦心に開始早々大内刈を返され技ありを取られ、その後ポイントを取れず2位に終わっています。

2018年4月の全日本選手権では途中2つの反則勝ちを含め、5試合のオール一本勝ちという快挙で、見事に優勝しました。

この大会ですべて一本勝ちをした選手は、1979年に優勝した山下泰裕以来39年ぶりだったとのことです。

4月でJRAを退社し、5月からはフリーの身で東京五輪を目指すことになりました。

2019年2月のグランドスラム・デュッセルドルフでは決勝でロシアのイナル・タソエフを内股で破り、3年ぶりの国際大会優勝を飾りました。

4月からは三重県津市に本店がある「百五銀行」への所属が決まりました。

3年間の嘱託契約だそうです。

現在行われている世界選手権でも出場をしていますが、好結果を期待したいところですね。

以上、原沢久喜の経歴についてお伝えしました。

原沢久喜のプロフィールは?

それではここからは、原沢久喜のプロフィールをお伝えします。

原沢久喜(はらさわ ひさよし)は1992年(平成4年)7月3日生まれで27歳です。

山口県下関市の出身で、身長は191cm、体重は122kgで階級は100kg超級、組手は右組み、段位は五段を取得、血液型はA型です。

得意技は内股と大外刈です。

IFJ世界ランキングは、1955ポイント獲得で19位となっています(2019/4/22現在)

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原沢久喜の五輪の出場歴、成績は?

それでは過去における原沢久喜の五輪の出場歴、成績を見ていくことにしましょう。

オリンピックは2016年のリオデジャネイロ五輪に出場しています。

結果は100kg超級で銀メダル獲得ということです。

ここでその時の各試合を振り返ってみることにします。

初戦の1回戦ではジョージアのアダム・オクルアシビリと対戦し、指導3で破りました。

2回戦ではアゼルバイジャンのウシャンギ・コカウリを、大内刈りで一本勝ちしました。

3回戦ではキューバのアレックス・ガルシア・メンドーサを反則勝ちで破っています。

準決勝でアブドゥロ・タングリエフから大内刈で有効の後、攻め続けて反則勝ちを収めました。

決勝ではオリンピック2連覇を狙うリネールと対戦、開始8秒で首抜きの指導を受け、1分過ぎに極端な防御姿勢をとったと指導2が与えられました。

その後原沢選手が組みに行こうとしましたが、まともに組ませてもらえず、時間が経過。

終盤、リネールに指導が与えられますが、直後に原沢に指導3が与えられました。

この不可解な指導3は取り消されましたが、相手の指導2に追いつけず、銀メダルとなってしまいました。

優勝したリネールに対して場内からはブーイングが起こりますが、挽回できませんでした。

試合後原沢選手は「後半で勝負をしようと思っていたが、何回か組んで技に入れるかという、チャンスがあったし、組み際に狙おうかと思いましたが、組手も厳しかった。うまくさばかれた感じです」と答えていました。

このように語っていましたが、やはり悔しいことには変わらないと思います。

オリンピックで優勝することはとても大変なことが分かった気がします。

なんとかオリンピックの場でリベンジしたいと思っていることと思います。

いずれにしても、間もなくやってくる東京五輪2020大会です。

なんとか出場権を得て、頑張ってほしいと思います。

暑いさ最中の五輪ですから、選手の皆さんも体調を維持することは困難だと思います。

しかし、自国開催という大きなアドバンテージで何とか優勝を目指してほしいと念願しています。

それにはなんといっても多くの応援が必要となりますね。

さあ、皆さんで大きな声援を送りましょう。

頑張れニッポン! 優勝目指して頑張れ 原沢久喜!



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